「思い通りにしたい」を履き違えてないか?
こんにちは。株式会社TIMの代表、梅田です。
人間は“思い通りにしたい”という欲求を持っている というテーマについて、僕自身の経験をもとに書いてみたいと思います。
この構造、実は社長という立場にいる人間ほど、強く抱えているんじゃないかと思うんです。 もちろん僕も、その一人でした。
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「なんで伝わらないの?」の正体
以前の僕は、仲間に対してこんなふうに思うことが多かったです。
・なんで言った通りにやってくれないの?
・それくらい言わせないでくれよ、察してくれれ、、、
・せっかく言ったのに、なんでスルーされるんだろう
当時は、「こっちはちゃんと伝えてる」「正しいこと言ってる」と本気で思ってました。 でも今ならわかります。”自分の思い通りにしたい”が漏れてただけなんですよね。
そして厄介なのは、本人が気づいてないということです。僕もそうでした。
【失敗例】「面倒見てやれよ」問題の真相
新人が入ってきたある日、僕(経営者)はリーダーにサラッとこう言ったんです。
「面倒見てやれよ」
僕の中では、
・毎日声をかける。些細なことでも不安を解消してあげる
・配送中にもこちらから電話し、サポートする
・仕事が終わった後も、大丈夫だった?と気にかけてあげる
みたいな、“気にかけてる感”が大事だと思ってたんですよ。
でも、リーダーがやっていたのは、
・困ってそうなら声をかける(基本見守り型)
・トラブルが起きたら教える(最小限の指導)
これを見て僕は内心「え、全然面倒見てないやん」と思ったし、「もっとさ、ちゃんと“見てる感”出してあげてよ」と言いかけました。
でもグッとこらえて、本人に聞いてみたんです。
すると、リーダーはこう言ったんですよ。
「僕なりに“放任じゃなくて、任せる”って意識してたんです。口出ししすぎたら、成長の邪魔するかなと思って。」
……やられました。
僕が求めてたのは、「梅田が描いた面倒の形に、思い通り動いてくれること」だったんです。つまり、”思い通りにしたかった”だけなんですよね。笑
そして何より、その新人ドライバーさん、ちゃんと育ったし、辞めなかったんです。今では、どんなに苦しい現場だったとしても「彼に任せれば大丈夫」という安心感さえ、与えてくれる人になったんです。
僕が思ってた“面倒の正解”じゃなかったけど、リーダーなりの「信じて見守る」がちゃんと効いてた。
この出来事で僕は、「思い通り教育じゃなくても、ちゃんと育つことはできる」ってことを体感できたんです。
河野さんのひとことが、腹の底に落ちた
その後、研修で河野さんに相談したとき、こう言われました。
「思い通りにしたかったのは、思い(期待している結果)なの? 通り(期待しているやり方)なの?」
「もし、思い(期待している結果)が重要なら、通り(期待しているやり方)なんてどっちでもいいだろ?」
この言葉で、どこか他人事で聞いていた話を、自分事で聞けるようになったんです。
文句や愚痴は、お願いだったんだ
河野さんのもうひとつの教えが響きました。
「仲間の文句や愚痴は、依頼なんだよ」
以前の僕は、「そんな文句言うなら、お前がやれよ」と思ってました。 でもそれって、思い通りになっていないことに対する僕の反応だったと気づきました。
・文句=直してほしい箇所
・愚痴=何かに困っているサイン
それを「お願い」として聞けるようになってから、 会社の空気がちょっとずつ、柔らかくなってきた気がします。
興味を持ってもらうには、自分も寄り添うことから
私が「これが大事だ!」と思っていること。 例えば、
・チームワーク(仲間同士で助け合っていること)
・接客や配送品質(お客様からのクレームがない)
これって、仲間にとっては「別に興味ない」ことも多い(笑)
でも、それを強制しても意味がない。 だからまずは、相手の関心に、自分からちゃんと関わっていくこと。
河野さんはこう言いました。
「人に何かを渡したいなら、まずは“その人が今見てる方向”に立ってからだよ」
思い通りにしたくなる。でも、それを手放せると変わる
人間って、「こうなったらいいのに」を無意識に抱えてる。そして思い通りにいかないと、がっかりしたり、イライラしたり。。。
でも今は、思い通りじゃない状況の中でも、
・「どう整えていけるか」
・「どう一緒に向き合えるか」
を考えられるようになってきました。
“やらせる”から、“一緒にやる”へ。 それが僕の中で、大きな変化だったと思っています。
最後に
「思い通りにしたい」というのは、人間らしさ。 でも、そこに自覚がないと、信頼も空気もこわしてしまう。
今は、“正しさ”じゃなく、“整える”という感覚を持って、 チームと向き合っています。
次回は「評価されたい」について、書いてみますね。
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